抗精神病薬の弊害と特養でのケアを考える ~その1~

Aさん:「来てくれてありがとう。元気そうでよかった。今日は母の日だってね。おいしそうなもの持ってきてくれてありがとう。ママも元気?入院してるんだっけ。お大事にって伝えて。」
お孫さん:「バアバも元気そうでよかった。また来るからね。」・・・

ある特別養護老人ホームでのお孫様とご利用者様との会話の一部です。とても嬉しそうに話されていました。この方は、2か月ほど前に入所されたばかりですが、入所当初とは全く別人のようになりました。

この方が、入所となった経緯は、自宅で独居生活をされていたところ、転倒して圧迫骨折し、動けなくなったため入院となり、関係機関やご家族で相談した結果、一人での生活は困難と判断され特別養護老人ホームへの入所の希望となりました。それまでは一人暮らしで身の回りのことなどは全て一人で行って生活されていましたが、転倒リスクがあるが安静にできないという理由で入院中はベッド上で体幹抑制の身体拘束をされ、ご家族面会時など見守りができる時間帯のみ拘束が外されるという状態でした。その後、老人保健施設へ転所となりましたが、そこの施設では車いすからの立ち上がり頻回による転倒リスクが高いうえに頻尿で落ち着かないため、安全確保ができないという理由から、抗精神病薬が処方されていました。しかし、頻尿と立ち上がりは減らないにも関わらず、ふらつきは著明でより転倒リスクが高い状態になってしまったとのことでした。そのような状況から、ご家族は何度も転所に向けての相談をされていたようです。その中でも自宅近くの特別養護老人ホームを強く希望されていましたが、空床がない状況から待機となっていました。

ようやく特別養護老人ホームの順番がまわり、ご家族と入所先の老人保健施設と転所への相談となりましたが、老人保健施設からは「大変な状態のため、特別養護老人ホームではなく精神科の病院への入院のほうがよいのではないか」との話がでていました。それでもご家族は、自宅近くの特別養護老人ホームへ移ることで、馴染みのある景色など見ることで本人も安心して落ち着くのではと期待し、特別養護老人ホームもご家族の熱心な依頼に応え、転所となりました。

特別養護老人ホームへ到着した際のご本人は、車いす上で目は虚ろ、声掛けには反応はあるものの会話にはならず、声もほとんど出ずよだれが出てくるようなご様子でした。当然、食事も病院での食事形態よりもさらにダウンしてミキサー食になっており、それでもよだれとともに口からこぼれ出てしまうような状態でした。そして、移乗介助時に下肢に力があまり入らないにも関わらず、急に立ち上がろうとされかなり転倒リスクが高い状況でした。立ち上がりの理由は、「トイレ」に行きたいということでした。しかし、トイレ誘導して戻ってきてもその瞬間、それこそ数秒と待たずに「トイレ」と立ち上がろうとされる。しばらく繰り返すと、ぼーっとなり傾眠、少し経つとまた「トイレ」と立ち上がる。その繰り返しをされていました。トイレに行ったばかりだと説明しても、「トイレ」と落ち着かず、都度トイレ誘導してももちろん排泄はないことがほとんどでした。夜間帯も変わらず熟睡もほとんどできず、22時~7時の間だけで35回ほどトイレに行かれていました。

そのような状況のため、転倒リスクを減らすため、職員が見守りや誘導が速やかにできるよう居室の変更や普段の食事席の見直しなども行いつつ、昼夜問わずほぼマンツーマン対応をしていました。当然職員からは他の業務が滞ったり、他の利用者さんの対応ができない等、悲鳴が上がっていました。また、ご本人も食事中、口に食べ物を運んでいる最中でも立ち上がりトイレに行こうとされるなど、一日中トイレ、トイレと、生活のほぼ全てがトイレへの感情で占められている状況での生活となっており、心身共にとても負担があるような状態でした。しばらく経ちトイレ以外の会話を試みると、若いころの話などの会話ができることもありましたが、朦朧とした様子は変わらず、それでも途中でトイレに行こうとされることも多く、諫めようとすると殴りかかろうとされることもあり、職員もだんだん疲弊していくのが分かりました。

ご家族へそのご様子を伝え、これ以上は転倒を予防することはできないこと、ご本人の心身的な負担がかなり大きいことなど相談し、対応を検討していきました。ご家族は、「入院する前までは一人で何でもできていた。病院のように動けなくされるくらいなら、自由に過ごして転倒してケガをして動けなくなったとしてもそれでいい。」と話されていました。もちろん施設の医師にも相談しましたが、内科の医師のためか「まだしばらく様子をみて。」ということだけで状況はほとんど変わらず経過していきました。

さすがに職員からは、これ以上ここで見ることはできない、他の利用者さんへの不利益が大きすぎる等の声が大きくなっており、ご本人にとってもトイレへの執着に生活のほとんどを奪われている状況はとてもつらいと思われ、専門医への受診を検討しました。当初からご家族の精神科の病院への嫌悪感は強かったので、相談の結果、どうにか認知症専門医のいる神経内科のクリニックへの受診を行うこととなりました。

それまでは、診療情報提供書の既往欄には「認知症」と診断があるのみでしたが、このクリニックでは正式に疾患としての認知症(病名は伏せます)の診断を出されました。また、この落ち着かない状況は、抗精神病薬による副作用であり高齢者にむやみに出すような薬ではない、また、被害妄想や攻撃性などは、この認知症疾患の進行で過度にでる可能性もあり、精神科病院への入院も検討してもよいのではとのことでした。ひとまず、この抗精神病薬を即中止とし、気分安定薬を新たに処方してもらい様子をみることとなりました。

帰設後、医師の指示通りに薬の変更を行いましたが、すぐに状況が変わることはなく過ぎていきました。そして2回目の受診の日となりましたが、状況はほとんど変わっておらず、施設職員はもう限界に達しているような状況でした。ご本人の様子はほとんど変わらず、意識は朦朧としながらもトイレへの執着は続いており、施設としては「もう入院してもらうしかないのではないか」という状況になっていました。そのため、クリニック受診で入院についても相談することとなりました。(つづく)
(ある特養の相談員)

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